種子鋏は1540年頃、ポルトガル船が種子島を訪れた時に、船に同乗していた唐の鍛治職人が持っていた鋏を真似して作っていたことが始まりとされています。
刀を作る傍、気分転換に見様見真似で作っていたそうです。
種子鋏は作られた当時から形に大きな変化はなく、伝承され続けてきた形そのままで作られているのに対して、種子包丁は使う人を想いどのような形が使いやす良いのかを常に考え、時代に合わせて形を変化させて伝承されてきました。

洗って放置すると錆は来てしまいますが、それさえ気をつければ切れ味よくストレスなく料理を楽しめますし、錆が来ても擦れば取れます。
職人の技術が光る逸品です。
鍛治職人 梅木 昌二
種子島に鉄砲が伝来して以来、三七代に渡り種子鋏と種子包丁を製作、継承してきた牧瀬種子鋏製作所。
後継者不足に悩まされていたこの製作所を継いだのは梅木昌二さん、ただ1人。
その梅木さんの師匠であり、牧瀬種子鋏製作所をお一人で守り抜いていた三七代目 牧瀬義文さんが2016年に亡くなられ、1100年以上の歴史を持つ牧瀬家は途絶えてしまいました。
しかし、牧瀬さん唯一の弟子であられた梅木さんへ牧瀬種子鋏製作所の伝統と熟練された技術は、梅木種子本鋏製作所として受け継がれています。
切れ味鋭く、シンプルで美しい刃物はまさに牧瀬種子鋏製作所の刃物そのものです。
